煩悩筋
スペインのビーチから「近所のすし屋の名前は何だったか」と聞くために国際電話をかけてきた友人は、先日まで南米にいたそうです。また彼は「走りたかった」ために吐き気を催しても早朝走ることがあるとのことです。その奔放さを聞くにつけ、「なんと屈強な煩悩だろうか」とひれ伏し、加圧トレーニングで鍛えられた屈強な筋肉を連想いたします。
神経質な生真面目さは「ふっ」と沸き立った欲求を、煩悩と避け、省みては諦め、結局その欲を果たすことなく放置してしまいがちです。毎度期待を裏切り続けては沸き立つ欲求も萎えてしまうように思われます。突き動かすような衝動や、わりかし強めな欲求も「いや、あえてやるほどのことではないだろう」と諦める怠惰に危機感を覚えます。
煩悩筋が萎え、遊びの能力が錆びぬよう、いくつかのコンビニを巡回しベストな鍋焼きうどんを買いに行こうと思います。(2017.02.21)
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